りおパパの日記

徒然なるままに。ドトールのコーヒーが好きです。

AI vs 教科書が読めない子どもたち

新井紀子先生の「AI vs 教科書が読めない子どもたち」を読みました。数学者が論理性の観点からAIを説明すると、こういうポイントになるのかなと他のAI関連本と違い、あくまでも論理的な思考法という観点からAIを語るとこういう感じなのかなと凄く感心した部分とAIが苦手とする読解力を果たして人間はきちんと有しているだろうかという観点から中・高校生を対象に読解力テストをやった結果を考察したのが本書。基本的スタンスは、AI時代い生き残るためにはAIにできないことができる人間であるべきで、論理的観点からいうと読解力が重要というコンテクストなのだけど、残念ながら予想外に子供たちの読解力が低かったという話。細かいことは置いておいて、すごくざっくりと要約すると、AIがもっと身近になり、人間の仕事を代替していったとき、読解力がない人はやっぱり失業してしまうんだろうという話だ。そしてそれだけの失業者がいるということは世の中的にはハッピーではないし、そういう人たちは購買力も減るわけで、消費に影響し、AIにはできない仕事を担っている人でも経済の不活性化で決して良いことはないだろうというところでした。

前半の論理ではAIにできるということは何が必要かがわかり、後半では読解力とは何かとその重要さを説く本でした。とても良い本だと思いました。

 

AI vs. 教科書が読めない子どもたち

AI vs. 教科書が読めない子どもたち

 

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今月の読書 4冊

1月からの読書 26冊

My fitness Report 180418

今月初めて走りました。そんなに集中はできなかったけど、今月は情報処理の試験対応で全然走れていないのが現実。今日は久しぶりに早めに帰って、フィットネスクラブでトレッドミルで11.0km。最初、ちょっと体が重たい感じがありましたが、無理をしないでペースも抑え目で10km走って、残りの1kmはクーリングダウン。久しぶりにたくさん汗をかいて気持ちよいです。

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本日の走行距離 11.0km

今月の走行距離 11.0km

1月からの走行距離 213.2km

システム不具合がもたらす社会的影響

日本システム監査人協会の月例会に参加。本日のテーマは「システム不具合がもたらす社会的影響」でした。話していたのは、2005年12月8日に起きた「みずほ証券のご発注事件」。1株61万円のジェイコムの株を1円で61万株売るというご入力をして、400億円の損害を出した事件です。問題は誤発注に気が付いて直ぐに取り消しをしようとしたが、東証のシステムのバグで取消ができなかったこと。これで、みずほ証券東証を相手取って損害賠償責任を追及。最高裁まで争ったという流れでした。ちなみに開発ベンダーは富士通。でも、裁判過程で明らかになった開発は少しお粗末。「現行通り」という曖昧な要件定義、確かにレアケースだったかもしれないけどテストケースの不足。コーディングしたのは孫請けの孫請けで、仕様をよく理解していなかったとか・・・今日の質疑では、そもそものインターフェース設計が悪いのではないかという指摘があった。確かに、こうしたシステムなら入力画面で入力制限を掛けるのが普通。そういうのは瑕疵として裁判では話題にならなかったのは少し驚き。しかし・・・処理スピードを上げるためにDBのインテグリティをわざと落としたとか、裏ではいろいろあったんだろうなと思いました。でも、考えてみたら富士通はこの後アローヘッドの開発もやっているはず。東証富士通の関係も何かずぶずぶな感じがするし、それくらい富士通の高速化技術っていうのは凄いのかもしれない。しかし・・・今日の話の本題は何だったんだろうか?結局良くわからなかった。

人間の未来 AIの未来 / 女の人間関係はめんどうなのよ 人付き合いの処方箋

 久しぶりにどっぷりと読書ができた。読みかけだった本、2冊とも読了しました。山中伸弥先生と羽生善治名人の対談。とても面白かったです。考えてみたら、二人ともAIの専門家ではないのだけど、羽生名人のAIに関する知識は豊富で、また独自の視点からのAIと人間を見る見方がとても深くて、この人は本当に頭がいいのだなと思わされる発言が多いです。一方山中先生は研究者という立場で生物というか人間というものをとらえていて、この二人の対談は予想以上に面白かったです。羽生名人の語ったところで以下のところが印象的でした。とても奥深いです。

・人間は継続性や一貫性に慣れ親しんでいます。そこには安心や安定がありますね。それが人間の「美しい」と感じる美意識の基になっているんじゃないかという気がするんです。逆に言うと、それまで見たことがないもの、経験したことのないことには不安や危機感を覚えるわけです。それは人間が生き延びるために必要な本能的な感覚とかセンスだったのではないでしょうか。

・AIにはもともと恐怖心がありませんから、そんな継続性や一貫性に基づいた美意識から自由に、ただただ過去のデータに基づいて最適解を計算していきます。

棋士は最初に「直感」を使います。将棋は一つの局面で平均八十通りの指し手があり、これまでの経験から、直感で急所、要点と思われる二、三手に絞ります。

・「直感」の次に「読み」に入ります。未来をシミュレーションするわけです。

・読みというのは、基本的に論理的な積み重ねの地道な作業ですが、大局観は勘とか感性みたいなものです。
・記憶力、計算力、瞬発力が強い十代から二十代の前半ごろまでは読みが中心です。年齢が上がって三十歳を過ぎてくると、経験値を積む中で直感や大局観といった感覚的なものを重視する傾向があります。

・将棋で問われるのは、知識の力とともに、未知の局面における対応力です。

人間の未来 AIの未来

人間の未来 AIの未来

 

 DJあおいさんのコラムは時々ハットさせられるような示唆があります。というわけで・・・本当は若い女性が読む本なのだけど「女の人間関係はめんどうなのよ 人付き合いの処方箋」を読みました。

・誰が何と言おうと自分を好きになれる自分になった者が勝者 なんですよ。

・「人の悪いところが目についてイライラしてしまう」のは、実は「イライラしているから人の悪いところが目につく」という場合がほとんどです。

・自己肯定がしっかりできているときは、相手にも同等の価値をつけようとしてよいところが目につくんです。逆に、自己評価が低いときは、相手を自分と同等な価値に引きずり下ろそうとして、悪いところが目につくようになってしまっています。

 ・人が強くなるときというのは決まって誰かのためなんですよね。自分にしか関心を持てないうちは自立なんかできないってことですよ。

・「大事な人」っていうのは、「自分よりも大事な人」なんですよね。

 はい。その通りだと思います。

女の人間関係はめんどうなのよ 人付き合いの処方箋

女の人間関係はめんどうなのよ 人付き合いの処方箋

 

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今月の読書 3冊

1月からの読書 25冊

試験

試験は予想外に難しかったです。楽勝と思っていた午前で少し躓きました。毎度、午前は半分弱は過去問が出るような気がしていたけど、今回は完全に過去問だと思ったのは24問中2問だけ。あとは、初めて見たような気がする。過去問は過去10年分やっているので、それなりに理解していたつもりだけど、余裕で見直しも大してしなかったので、こういう問題があったのかもしれない。

午前Ⅰは、自分としてはできた方。珍しく、ここでは苦戦しなかった。ただ、午後Ⅱは明らかに想定を外した。用意した文章はほとんど使えなかった。それに、題意を少し取り違えたような気もする。どうしても、具体的に書こうと思うと、用意してきたものが一番具体的なので、それに引きずられてしまい、文脈が少しずつ本題とずれてしまっているような気がする。まあ、やることはやったので、結果は時の運です。

いつものことだけど、試験が終わると疲労困憊。何もやる気が起こらない。真っ直ぐ家に帰って、食べたかった草餅を食べて休憩してから、i-padのセッティング。いろいろ使えそう。これはこれで楽しみ。

勉強とi-pad

今日はほとんど外出せず、終日机に向かって勉強。ただ、一問一答の午前問題と違い、午後の問題はいずれにせよ復習が難しい。一度やった問題とは言え、復習するのにもそれなりの時間がかかってしまうので、一日でざっと見るわけにはいかない。適当にピックアップして問題をみるものの、なかなか集中できず。机に向かっていたのだけど結局ほとんど何もしなかったような感じ。その割には疲れた。

午前中から、i-pad、keybordと頼んでいたものが五月雨式に届く。とりあえず、明日の試験が終わるまでは開封しない。しかし・・・調整が難しいな。昨日まではもう少し余裕が欲しかったのだけど、今日は結局何にもできない。緊張を長く続けたせいで、本番前に疲れ切ってしまいました。

セミナー

今日は終日セミナーに参加。いろいろな意味でセミナーなんかに出ていていいのだろうかという疑問もありますが、午後のセミナーは期待通りおもしろかったです。単純に面白かったのだけど、仕事との接点という意味ではあまりなさそう。

夜はいつものようにエクセルシオールに寄って勉強。明後日が試験日なので今日で一段落。カウンターを見たら、里緒ちゃんの友達でもありラテが上手なTさんが担当のようだったので、今日はアイスではなく普通にラテ。やはりきれいなラテアートを作ってくれました。このエクセルシオールはラテアートは特に決まっていないようで、人それぞれ。Tさんは上手いので、いつもアートしてくれるのですが、多くの人はそのまま無造作にミルクをつぎます。最後の日に綺麗なラテで良かった。