りおパパの日記

徒然なるままに。ドトールのコーヒーが好きです。

My fitness Report 220516

ずっと体調が回復しなかったので運動を控えていたのだけど、今日は本当に背中が痛くて、座っているのも大変だったので、無理をして少し動きました。このまま放っておいたら寝たきりになってしまうような恐怖感がありました。

ここ3カ月くらい、ずっと腰痛があって、腸炎で寝込んでからはそれが一層酷くなって、テニスをすると翌日なんかは大変だったのだけど、今朝無防備にくしゃみをしたら、背中に激痛が走り、そのまま痛みが引かなくなってしまいました。よく、くしゃみでぎっくり腰になるという話を聞くけど、正にそれ。ただ、朝から腰がずっと痛くて力が入っていなかったので、変な姿勢でくしゃみしたものだから、痛みが出たのはもう少し上。背骨に沿って激痛。最初は本当にどうしようもない感じでした。ただ、ストレッチポールをやっても、ヨガのポーズをしてみても、最初は激痛がやや緩むものの、痛みは無くならない。放っておくとまた痛くなるので、少し動かしたい気持ちが勝りました。

で、夕方からジョギング。実際はジョギングというよりほぼ散歩なのだけど、姿勢良く動いている分には全然問題なくて、ちょっと姿勢を崩すと激痛という感じ。今日は本当にそろりそろりな感じのジョギングでしかも休み休み。ただ、家にじっとしているよりはずっと良かったような気がします。

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本日の走行距離 5.4km

今月の走行距離 5.4km

1月からの走行距離 130.3km

墓参り

毎年5月11日が菩提寺の大施餓鬼なのだけど、コロナが解禁されていないため、今年も檀家を集めての法要は行われず、結果少し遅れての本日の墓参りとなりました。最近、斎藤孝先生の「60代からの幸福をつかむ極意」という本がネットで紹介されていて、哲人ラッセルの「幸福論」をベースに現代の日本の文脈(対人関係、仕事、趣味、読書の効用、SNSやデジタル機器等の使い方等)に読み替えながら、定年後の不安感や希望へ転じるコツを伝授するという本ということらしいけど、書かれていた内容が意外に仏教あるいは禅の考え方に近いのではないかと思って、改めて仏教の考え方に少し惹かれている自分を感じたりしてしまいました。菩提寺の檀家役員を10年くらいやっているのだけど、まだまだです。今年は仏教の本を何冊か読んだけど、判ってきた部分と、余計判らなくなった部分と。特に日本の仏教は日本古来の神道というか、神仏習合の形で結びついて、独自の発達をしているところもあるので、お釈迦様が悟りを開かれたというのとは違った意味合いを持っているような印象だけど、禅はその中では比較的お釈迦様の仏教に近い印象を持っていて、その考え方に哲学的な魅力を感じているのも事実。もう少し勉強しないと。

流浪の月

原作を読んでから鑑賞。若干原作とは異なる部分はあるものの、原作の世界がそのまま再現されているような気がした。ポイントは世間がロリコン誘拐犯と被害者とレッテルを貼って、そのイメージで彼らを判断しているのに対し、彼ら自身は彼らにしか判らない真実を持って、かつ、お互いに求め合っていること。あえて言うなら、お互いがお互いの人生を不幸にしてしまったのではないかという加害者意識を双方が持つことで、不器用な付き合い方しかできない。そして、お互いが理解しあえても、世間が何故かそれを許してくれない。それは、最初に作られた色眼鏡で彼らを見ているからに他ならない。一度貼られたレッテルは終生消えることは無いということなんでしょう。世間はそういう意味では被害者にも冷たいし、弁明の機会を与えない。世の中には他人から見えない心の傷をずっと持ち続ける人もいるけど、本人が持たない心の傷を勝手に押し付けて、そういう眼で他人を判断する世間があるということ。こういう難しい役どころを、広瀬すずさん、松坂桃李さん、そして横浜流星さん、多部未華子さんが絶妙に表現する。少し重たい映画ですが、良い映画でした。

監督:李相日

脚本:李相日

出演者:広瀬すず松坂桃李横浜流星多部未華子

流浪の月

在宅勤務

今日は少し迷ったのだけど、天気も悪いので在宅勤務をさせてもらいました。最近、天気なのか気圧なのか、特に理由もなく倦怠感を感じることが増えて、今日もそういう一日。会議の合間に少し横になったりして、GW前の体調不良のときを思い出してしまいました。

仕事は少しイメージを具体化できた。こういう集中作業は在宅の方が適しているのも事実。もう少し調べ物をして、具体性を持たせられたらひとまず完成かな。来週のディスカッション用の素材としては十分なレベルまで来たのではないかと自画自賛

開発の方は相変わらず無理しているなという印象。何を意図しているのか、それではいけないのだけど、傍観者になってしまいました。

歓送会

長らくお世話になった先輩の歓送会。といっても、本人を入れて4人のこじんまりとした飲み会。参加者も既に定年退職でフリーになっている先輩とシステム開発で縁のあった関係会社のPMと私だけ。でも、何だか結構楽しい時間を過ごすことができました。仕事の面ではこれから厳しいことが予想されるのだけど、こういうのはやむを得ない現実。残されたメンバーでやるしかないし、それができてしまうのが会社という組織。それに、そういう厳しい現場で人が育ったりするのも事実。頑張らなければなりません。ただ、少し羨ましいところもある。とりあえず、お疲れ様でした。

死刑にいたる病

櫛木理宇さんの「死刑にいたる病」を読みました。先に映画を見てしまったのだけど、やはり原作を先に読むべきでした。映画は原作に比較的忠実だったけど、原作を読んでこそ「なるほど」と思えるものがありました。一番違っているなと思ったのは榛村と雅也の関係。ある意味特別ではあるけど、実は榛村の支配という関係があったことが原作を読んで良く判りました。榛村には人を支配してしまう特別な能力があって、それが犯罪ではいかんなく発揮されている訳だけど主人公である雅也との間にも成り立っていたんですね。読者は雅也目線で榛村を見ているからなかなか気づきにくかったのだけど、榛村は、塀の中にいても、人を支配する楽しさを味わっていたし、そんな榛村にとって雅也はたくさんある支配する相手の一人にすぎなかったということなのかな。

こういうサイコパス関係の話の面白さは、犯人が知能犯であること。彼らが何に快感を感じ、何に喜びを感じるかは別として、極めて冷静に相手を分析し、独特のアプローチで相手を支配してしまうところに面白さがあるような気がする。この作品も間違いなくそういうことみたいです。セリフの中に「嘘をつくときは9割の真実の中で核心的な部分で嘘をつく」といったものが出てくるのだけど、9割真実があるところに嘘を信じ込ませる凄さがあるのだろうなと思ってしまいました。

それにしても猟奇殺人犯が一つだけ冤罪だと叫ぶコンセプトが面白い。もう、その設定でこの作品の面白さが9割保証されたような気がする。

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今月の読書 1冊

1月からの読書 14冊

出社

久しぶりに出社。GWを挟んで2週間振りくらいかな。今日は本来ならシャンシャンで終わらせたい会議を予定の倍近い時間をかけた重たい会議にして、ちょっと嫌な決定をしてしまいました。ただ、無理すれば何とかなったかもしれないけど、危ない橋は渡りなくないし、申し送りもできるだけ辞めたいので、自分としては賢明な判断だったように思う。おかげで、午後から移動するはずが移動できず。予定が大幅にくるってしまいました。明日からは、もう一段下りて実務レベルで確認を進めたいところです。