りおパパの日記

徒然なるままに。ドトールのコーヒーが好きです。

しあわせな結婚#最終回 19目のカルテ#最終回

この1週間で見られなかったドラマを2つビデオで鑑賞。
一つ目は、「しあわせな結婚」の最終回。予想外の展開で終わった前回のラストから、タイトルとは似つかわしくない離婚へ至る。裁判が終わって、ネルラを探し続ける幸太郎。そして、幸太郎宛てに書きかけていたメールを発見する。意外だったのは、布勢の晩年の作品はネルラが布勢の作風を真似て描いたものだったということ。そして、そうすることが布勢をダメにし、二人の関係をいびつなものにしてしまったのだという事実。すべてを理解した幸太郎は先回りしてネルラに会いに行く。しつこさではない粘り強さ。愛すると決めたことは諦めない。抱き合ったとき、ネルラの右手には絵画を破壊するためのはさみがしっかりと握られていた。その気になれば・・・そのはさみを幸太郎の背中に突き刺すこともできたであろう。でも、そうしなかったし、はさみも手放すわけではなく握られたままだった。結婚とは、そういうものなのかもしれない。そういう覚悟も必要ということか。でも、そう思えることが「しあわせな結婚」なんだろうなと妙に納得してしまった。

「19番目のカルテ」の最終回も赤池先生が倒れた前回のラストから話はつながる。まさかの親族でないドナーからの生体肝移植。もちろん、救いたいという気持ちがあるのは間違いないけれど、75歳の老人に対して、そこまでするのだろうか・・・?院長選挙も意外な形で幕を閉じた。結局、医師の多くは理想を述べて現実的な合理策を拒絶した・・・ということ。もちろん倫理としては正しいのだけど、簡単には変わらない。ただ、理想が無いのも厳しいか。医師が人ではなく臓器をむきあっているという現実に問題提起する姿勢は正しいと思う。手当てするということは、まさに手を当てる。人の病や怪我を治すだけでなく、病や怪我をした人に寄り添う姿勢が必要。痛いとき、その痛さに寄り添ってくれることこそが患者にとってはその苦しみを軽減する力になってくれる。そんな医の原点を改めて考えさてくれる作品でした。もっと、話題になっても良かったのに・・・