知の進化論 百科全書・グーグル・人工知能

 野口悠紀雄先生の「知の進化論 百科全書・グーグル・人工知能」を読みました。サブタイトルは「人工知能がもたらす大変化の時代を生き延びる方法」ですが、基本的には知識の価値は秘匿することで高まるのか?あるいは積極的に広めることによって高まるのか?という歴史的な流れを踏まえた問いに発して、インターネット時代の現代においてはほぼゼロ円のコストで積極的に広めることによって価値を高め、どのようなビジネスモデルでそのコストを回収するかというビジネスモデルの話になり、最後は人工知能時代におけるビジネスと知識の価値について触れているというのが正解かな。「問いを発することは人間にしかできない」というのは人間にとってはある種の救いであり、問いを発するためには知識が必要というくだりは非常に説得力がありました。「既存の知識と問題意識のぶつかり合いでアイディアが生まれるのです。」というが人間と人工知能の棲み分けのポイントになるのかもしれないなと思いました。また、人工知能時代の問題点として2つ。レコメンデーションにより自然と考えなくなってしまうことやビッグデータを持った少数の大企業に依存してしまう世の中になるということ。どちらも何となく感じていたことですが、やはり・・・少なくともレコメンデーション依存は少し考えるべきと感じました。

 

・知識の価値は、それを隠匿することによって高まるのでしょうか? あるいは積極的に広めることによって高まるのでしょうか?  この問いに対する答えが、知識を伝達し広げるための技術に依存していることは、疑いありません。
・1990年代以降、インターネットが広く使われるようになり、状態が根本的に変わりました。「知識は隠匿するものではなく広めるもの。知識は有料で提供するものではなく、無料で広めるもの」という観念が一般化しました。
・「知識は無料で提供されるのが当然」という考えが支配的になったことです。
・多くの人に読んでもらうためには、タダで発信しなくてはいけない。しかし、情報を無料で提供してしまえば、それによって情報生産のコストを回収することはできなくなり、情報供給のインセンティブが失われます。
人工知能が人間の知的活動の多くを代替する時代において、そもそも人間が知識を保有する意味があるのでしょうか? 知識の価値はどこに見出されることになるのでしょうか?
ラテン語は「聖なる言葉」であり、俗語(自国語)は「卑俗な言葉」であるという考えが支配的でした。したがって、「俗語に翻訳すると、神の言葉が伝わらない」とされたのです。
・なお、ラテン語とは古代ローマ帝国の言葉であり、聖書とはなんの関係もありません。もともと旧約聖書はヘブル語で、新約聖書ギリシャ語で書かれていました。
・絵画によって物語に興味を持ち、それを聖職者の説明で理解する。絵画と聖職者の説明と、その奥にあるラテン語で書かれた聖書。これらが三位一体となってキリスト教の布教に用いられたのではないでしょうか。
・知識がないのはなんと経験を貧しくすることだろうと、いまに至るまで残念でなりません。
・大学は教えを乞いに来る人たちだけに知識を教えました。「古代から受け継がれてきた神聖な学問は、選ばれた者にのみ開示されるべきで、資格のない者にみだりに明らかにしてはならない」という論理によって制度化されていたのです。
・a priori(先験的な)、de facto(事実上の)、e.g.(例えば)、et al.(およびその他)、ex ante(事前に)、ex post(事後に)、et cetera(etc.)(等々)、ex officio(職務上)、ibidem(ibid.; ib.)(前掲引用書)、modus operandi(仕事のやり方)、per capita(一人当たり)、status quo(現状)、vice versa(その逆も同様に)。
村上陽一郎は、アカデミックな医学がペストに対してまったく無力であったことから、「しだいにその価値を減じた」としています。さらに、医学だけでなく「学問の分野の古典尊重主義が、明らかに揺らぎを見せた」と述べています
書物に触れることのできる人々が、聖職者やエリートから、俗語しか読めない商人や職人などに拡大するようになると、実用的知識を獲得したいという民衆の意識が高まってきます。これによって、知的活動の担い手が様々な社会階層に広がりました。それだけでなく、書物に記載された事柄を経験的知識に照らして検証し、知のフロンティアをさらに広げようとする動きが生じるようになってきたのです。これが、次項で述べる「知識の公開」に向けての動きです。
・複写のたびに誤りが混入するという問題が、図像情報では致命的となるのです。そこで、技術知識を後世に正確に伝承するためには、選ばれた人間に対して、実物を用いて実地訓練を行なう必要がありました。
・自由な競争が社会全体の福祉を向上させるというアダム・スミスの考え方が、ここに明確に現れています。
ライプニッツは、1684年に『極大と極小に関する新しい方法』を出版し、その中で微分法を発表し、次いで1686年に『深遠な幾何学』を出版して積分法を発表しましたニュートン微積分法を発表するのはこれより遅れ、1687年に出版した『プリンキピア』の中ででした。  ところがライプニッツよりも10年ほど前に、ニュートンは力学的な観点から微分法を発見していたのです。しかし、ライプニッツニュートンの研究のことは何も知らず、したがって微分法の方法も、両者では異なっていました。
・「中世ヨーロッパでは、知識を秘匿することによって価値を高めた」
・知識は体系的であるのに対して、情報は断片的ということでしょう。あるいは、「情報を秩序立てて体系的に組み上げたものが知識である」と言うこともできるでしょう。
・百科事典を使われると、予備知識のない部外者が自分の専門領域に気軽に入ってきてしまうからです。学者は、学生が百科事典で知識を得ることに対して本能的に嫌悪感を持っているのです。
・「グーグルフォビア」(グーグル恐怖症)
・既存の知識と問題意識のぶつかり合いでアイディアが生まれるのです。新しい情報に接したとき、それにどのような価値を認めるかは、それまで持っていた知識によります。新しい情報に接しても、知識が少なければ、何も感じないでしょう。しかし、知識が多い人は、新しい情報から刺激を受けて、大きく発展するでしょう。
・知識が内部メモリ、つまり自分の頭の中に引き出せていない限り、それを発想に有効に使うことはできません。したがって、アイディアの発想のためには、いまでも多くの知識を内部メモリに持っていることが必要です。
・知識が必要だと私が考える第2の理由は、質問をする能力を知識が高めるからです。
・分散性が抱える問題は、システムの一部が発見した貴重な情報が、必ずしもシステム全体に伝わらない点にあります。
・「コピペするだけでできてしまう課題を、いまだに出し続けている教師の方が時代遅れなのだ」
・(京大の入試で携帯電話で回答を問い合わせた事件)この事件で本当に問われるべき問題は、「試験場へのIT機器持ち込み禁止は、現代社会で必要な制約か?」ということなのです
アドワーズアドセンスという革新的な広告技術の成功によって、グーグルは収入の問題を解決しました。
・「キュレイション」(curation)というのは、「いま世の中で話題になっている事はこれ」というように、情報をレコメンドしてくれるサービスです。
・SNSが与えるインセンティブは、従来型の個人に対する市場型インセンティブに比べて、およそ4倍の効果を持っています。そして、ターゲットとなる人物と最も頻繁に交流している人からのメッセージでは、効果は約8倍にも達します。
・(ネイサン・ロスチャイルド)彼は、情報収集に優れていただけでなく、その利用法においても冷徹きわまりない知力を発揮したのです。
第二次世界大戦は物量戦であったと言われますが、同時に、情報を巡る戦いであったことも間違いありません。
・企業内部のアイディアだけでなく、他社や大学、公共主体などの外部のアイディアを組み合わせて、新しいビジネスモデルや製品、サービスの開発をしようとする方法です。
電子書籍は伝統的な紙の書籍の敵ではありません。
・知の退化が起こる危険です。  人々は、レコメンデーションによって操作され、主体的判断能力を失う危険があります。
・提供される情報の内容が問題です。レコメンデーションなどによって、知らず知らずの間に人間の行動がコントロールされてしまうということがありえます。
人工知能がもたらす第2の問題は、人工知能サービスを提供できる主体が、一部の大企業に限定されてしまう危険があることです。
ビッグデータの利用を前提とした人工知能は、ビッグデータを獲得できる大企業に限定されたビジネスになる可能性があります。
ビッグデータを持てなければ、市場で戦える人工知能を開発することは難しいでしょう
・機械の使用で労働者の生活を豊かにするような社会の建設をめざすべきです。
・創造的な人は、それまで人がしなかった問いを発することによって、新しい可能性を開きます。
・文章執筆で最も重要なのは、「いったい、何について書けばよいのか?」というテーマの選定なのです。
・ヨーロッパでは、スポーツはエリートの精神鍛錬の道具と考えられてきました。
・知識は、最も価値が高い消費財になりうると思います。
・知識が増えれば増えるほど、体験の意味と価値は増します
消費財としての知識の価値は、人工知能がいかに発達したところで、少しも減るわけではありません。

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