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ビッグデータと人工知能

 久しぶりに西垣通さんの本を読みました。「ビッグデータ人工知能」、久しぶりの西垣節という感じがしました。単にコンピュータの技術者の視点だけでなく、人文科学者として「脳と心」について考える視点があるからこそ見えてくるものというのもあるのかなと感じさせられました。ただ、ユダヤ=キリスト教の考えとか・・・ちょっと腹落ち仕切れない部分もありました。

ビッグデータは・・・データの質は落ちる。だが、そういうデータは「ノイズ」であり、誤差として無視しても、全体的な特性は全件処理によって正確にわかる
・アルファ碁にしても、それぞれチェスや将棋や囲碁のための専用人工知能であって、哲学や経済学の論文を書けるわけでもないのだ
・人間の書く文章は必ずしも文法どおりではないし、例外はいくらでもあり、言葉の意味もなかなか一つには定まらない
・人間の知識の大半は、たとえ表面上は論理的な命題のような形式で記述されていても、絶対的な正確さを持っているわけではない
・問題の論理的フレームが明確にならないと、関連した知識の選択はできない。適切な知識を選択できないと、演繹推論もできない。フレームを臨機応変に設定し、刻々と変動する状況に応じて問題解決をするという、人間にはなんでもなくできることが、人工知能には困難なのである。これは「フレーム問題」と呼ばれ、人工知能研究における難問として知られている。
機械翻訳という分野は昔からあるが、その困難さの中核は、機会が文脈をつかめないという点にある。だから、複数の意味をもつ多義語の訳語として、どれを選択すべきか迷ってしまうのだ。
・心脳問題・・・「脳」という白っぽい一塊の物質からいかにして我々の波騒ぐ「心」が出現するのかという問題だ。
・「脳」とは、我々が外側から、なるべく客観的・絶対的に分析把握するものであり、一方、「心」とは、我々が内側から、主観的・相対的に把握するものだ
・生物は自律システムであり、機械は他律システムなのだ
・ユダヤ=キリスト居運意おける伝統的な宇宙秩序とは、神を頂点とし、次に天使、それから順に人間、動物、植物、鉱物、人工物とランクが下がっていく、永遠にして厳格なる位階秩序である
・シンギュラリティ仮説対する欧米人の悲観論や警告は、そういう根深い宗教的畏れと結びついている
・人間同士のコミュニケーションとは基本的に指令の伝達ではなく、説得や了解や共感に基づく相互創造的な行為に他ならない
集合知とは人々の多様な推論をうまく集めると、驚くほど正確な集団的な推測ができるということである
・集団誤差=平均個人誤差-分散値;集団内の個々の推測地のばらつきが大きいほど、集団的推測の精度はあがるということだ
ビッグデータ人工知能集合知とは三位一体なのだ。この三つをうまく関連付け、発展させていく技術や制度が、今強く求められているのである
集合知を有効活用するには、専門知との組み合わせが不可欠だという点なのである
・典型的な集合知は、いわゆる「正解のある問題」に対して有効だといわれている
・目標設定のためには価値基準がなくてはならない。ところが価値基準というのは生物に特有のもので、もともと機械とは無縁である。幸福度にせよ、基本的人権にせよ、すべて「人間が生きる」ことが根拠になっている
・AIのかわりにIA(Intelligence Amplifier)と呼ぶべきなのだ
・生物にとって情報とは「意味」であり、どのように生きていくかを現時点で自律的に決断するための根拠である。一方、コンピュータにとって情報とは、文字や数値などの「データ(記号)」である
・人手にあまる膨大なビッグデータを分析し、専門家にヒントとなる分析結果を提供しつつ、集合知の精度や信頼性をあげていくことこそ、その使命といえないだろうか

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